技術革新と世代交代
木曜日に履修しているTechnology and Innovation Strategyは、技術革新とイノベーションの関係について、ケースを通して学んでいく授業。
これまでにブロックチェーンやAirbnbなどを題材に扱ってきている。3週目が終わった今の段階で、基礎的なフレームワークについてまとめておきたい。
Sカーブにみる技術革新の典型
この授業で扱うフレームワークの中でも最も基礎的なものに、Sカーブがある。
Sカーブとは、技術開発と製品性能や企業の収益との関係性を表すものだ。横軸に技術開発の進展または時間軸、縦軸に製品性能または収益をとってグラフを書くと、技術開発の初期は比較的緩やかに製品改善が進むが、徐々に製品性能の向上スピードが上がっていく。その後は再び徐々にカーブが緩やかになっていき、その軌跡がS字になることからSカーブと呼ばれる。
このSカーブはかなり多くのものに当てはまり、古い製品のSカーブが終盤の成熟期に差し掛かった頃に、その下から新たな技術による新製品のSカーブが立ち上がってきて追い抜かれ、世代交代が起こっていく。
例えばカメラを例にとると、フィルムカメラのSカーブが成熟期に達した頃にデジタルカメラのSカーブが新たに起こり、最初はフィルムカメラほどの性能がなかったものの、成長スピードが上がっていきやがて追い越されていく、という具合である。デジタルカメラ下位製品はさらにケータイのカメラの性能向上に淘汰されていく。
製品によってSカーブの横幅の大きさ(=その製品の製品ライフサイクルの長さ)は様々であり、カメラのように長期にわたって性能向上を続けていくものや、HDDのように比較的短命に終わるものもある。Sカーブの大きさは、その製品業界への参入障壁の高さ・競合状況・市場規模などに影響を受けて決まる。
持続的イノベーションと破壊的イノベーション
イノベーションには持続的なもの(Sustaining Innovation)と破壊的なもの(Disruptive Innovation)がある。
カメラの例でいうと、フィルムカメラの性能を向上させるのが持続的イノベーションであり、例えば小型化、価格の低廉化、画質の向上などが挙げられる。
一方で、フィルムカメラに対してのデジタルカメラの登場が破壊的イノベーションである。成熟しきった旧世代製品(フィルムカメラ)業界が複雑で高機能な製品だらけになっている状況に対して、全くの新しい技術を使い、シンプル(+低価格)な製品を打ち出すことで、旧世代のローエンド製品を使う顧客を奪い、その後Sカーブの急速な成長によりハイエンドも奪っていくというイノベーションだ。
ここでのポイントは、新たな技術を使ってこれまでになかった価値を提供することで世代交代を起こしている点である。これによって、旧製品が作り上げていた競争のルールを変え、旧製品のシェアを奪っていく。新たな技術に対応できない企業は、大企業であっても淘汰されていく。KODAKやBlackberryなどが好例だろう。反対に、新興企業であっても大企業のシェアを奪うことが可能である。
よく「顧客の声を聞け」と言われる。プロダクトアウトじゃなくてマーケットインじゃないとダメだ、とも言われる。これは正解なのだが、ある意味では不正解だ。なぜなら、顧客の声だけを聞いて顧客の求めるものに答え続けることは持続的イノベーションであり、顧客が想定もしていなかった破壊的イノベーションに負けてしまうことがあるからである。
・自分は今Sカーブのどこにいるのか
・自分たちの製品を覆す破壊的イノベーションにはどんなものが考えられるか
・そうした破壊的イノベーションを生み出し得る新たな技術はないか
を常に意識しておき、時には自分たちの製品を自分たちで覆し、新たな競争のルールを打ち立てていくことも必要だろう。
Sカーブに関する旬な事例といえば、このところアップルがピンチである。2019年始には利益警告によりドル安をもたらすほど、アップル製品の売れ行きは芳しくない。
iPhone発売から11年が経ち、iPhoneのSカーブはそろそろ成熟期にさしかかってきている。市場は飽和状態に近づき、新製品もiPhone6以降は目新しい改善はあまり見られなくなった。
iPhoneXのホームボタン廃止と顔認証は見た目にインパクトはあったものの、その話題性も一巡してしまった感がある。2018年秋の新製品はいずれも既存商品のマイナーチェンジによる上位機種の発表にとどまっており、市場の反応はよろしくない。
これに対して迫っているのが中国のスマホメーカーの打ち出す新たな機種だ。iPhoneが巨大化・高級化していく一方で、HUAWAYやOPPO、Xiaomiなどの中国メーカーが打ち出すシンプルだが安い新たなスマホがローエンドユーザのシェアを奪っている。
そのうちに性能向上のスピードが上がってきて、iPhoneユーザのうち高性能を求めるユーザのシェアも奪いにかかるだろうことが想像できる。例えばHuawayの指紋認証技術は「爆速」と言われるほど認証が早く、この点ではiPhoneに勝っている。
ここまで成熟しきったiPhoneは、持続的イノベーションを維持して、より高性能な高級品を求めて上がりきったSカーブをさらに登ろうとするのではなく、新しい技術による新しい競争のルールを作る破壊的イノベーションを求めていくべきなのだが、その方向性が打ち出せず高性能を突き詰め、そこまでの性能を求めていないユーザからどんどん中華スマホに奪われていってしまっている。
Sカーブと破壊的イノベーションを通して見る通信サービス
もう一つSカーブの典型例がある。通信サービスだ。
通信サービスの契約数は、どのサービスも典型的なS字を描く。固定電話しかり、光しかり、LTEしかり。サービス契約数推移を見てみると、固定電話という巨大なSカーブが成熟しきった頃に携帯電話が登場し、15年ほどで固定電話の契約数を追い抜いている。2010年ごろに落ち着きかけた携帯の伸びが再燃しているのはスマホによる用途の拡大が影響しているだろう。固定インターネットも例にもれず、ISDN→ADSL→光と、Sカーブが連なってここまで進んできている。またそれらの固定インターネットサービスの総計値も大きなSカーブを描いている。
日本の固定インターネットはもう成熟した。1年に百万単位で施設数が伸びていた10年前の勢いはもうない。市場が飽和したことや、速さや価格などのスペックが市場の求めるニーズをある程度満たしてしまったことが主な要因だろう。NTTの光コラボレーションなどにより数字上の施設数は伸びているかもしれないが、ここからかつての成長期のようなカーブを描くことはもう無いと思われる。
その時に、今のスタックしているアップルのように持続的イノベーションに固執してはならない。パートナー企業に販促費を出しまくって固定インターネットを売ったり、IoTのバックボーンに光回線を使って施設数だけ伸ばしても、よりシンプルで安価なものを求めたユーザはモバイル回線や短距離無線に奪われていくのが宿命だ。
それよりは、通信企業のポートフォリオでみると、例えばコンシューマ向けの足回りはモバイルに移行し、固定通信は5G基地局向けのバックホールなどモバイルが当面は対応しないニーズにターゲットを絞り、その中でソフトウェアや付加サービスなどによる価値提供をしていくことが必要だろう。